60歳を過ぎても働き続けたい、あるいは再雇用の条件を検討している。そんなとき気になるのが「働くと年金が減る」という話です。ただ、この情報は正確に伝わっていないことがほとんどです。
実際に支給停止の対象になるのは老齢厚生年金の報酬比例部分だけで、老齢基礎年金や経過的加算、企業年金、iDeCoなどはそもそも対象外です。また、いくらから減り始めるかは、月給だけでなく直近の賞与も含めた月額換算の数字で判定されます。基準になる金額は年度改定や制度改正で動くため、古い数字のまま判断すると見立てを誤ります。
この記事では、在職老齢年金の仕組みを日本年金機構などの公式情報にもとづいて整理し、支給停止の対象範囲、判定に使う3つの数字の確認方法、そして50代のうちに決めておきたい働き方の判断軸を見ていきます。
この記事の要点
- 減るのは老齢厚生年金の報酬比例部分だけ
- 基準額は年度で変わる(令和8年度は65万円)
- 支給停止分は繰下げでも増額されない
「働くと年金が減る」と聞いたら、まず何を確認すればいいのか
この記事が扱っているのは「在職老齢年金」という制度です。60歳以降も厚生年金に加入しながら働く人を対象に、年金の一部を支給停止(減額)する仕組みで、公的年金制度にもともと組み込まれています。名前を知らなくても、「働くと年金が減るらしい」という話として耳にしたことがある方は多いはずです。
対象になるのは、老齢厚生年金を受け取りながら厚生年金に加入して働いている人です。定年後に再雇用される会社員だけでなく、役員報酬を受け取りながら厚生年金に加入している人も含まれます。逆に、厚生年金に加入しない働き方(自営業への転身や、加入基準を満たさない短時間勤務など)であれば、この制度そのものの対象外になります。
なお、支給停止の判定式そのものは60歳以降共通ですが、65歳を境に「働いた分が年金額に反映される仕組み(在職定時改定)」の対象になるかどうかが変わります。年齢による違いは後の章で順番に見ていきます。
自分がいつからこの論点の対象になるか
ここで、自分がいつからこの論点の当事者になるのかも確認しておく必要があります。日本年金機構の公式情報によると(2026年7月28日確認)、65歳より前に老齢厚生年金を受け取れる「特別支給の老齢厚生年金」は生年月日で対象者が区切られており、男性は昭和36年4月2日以降生まれ、女性は昭和41年4月2日以降生まれの人は対象外です。
2026年時点で50代の方(おおむね1967〜1976年生まれ)はほぼ全員がこの条件に該当するため、繰上げ受給を選ばない限り、60〜64歳の間は老齢厚生年金そのものを受け取っていません。つまり、在職老齢年金による支給停止という論点が実際に生じるのは、いま50代の方の多くにとって65歳以降が中心です。
この記事で「60歳以降」という言い方をしている箇所は、制度上の判定ルールを説明したものであり、繰上げ受給を選ぶ場合や対象年代に該当する場合を除き、自分ごととして備えるべき年齢は65歳からだと理解しておいてください。
自分の答えを出すために確認すべきことは、大きく分けて3つあります。
- ①自分が受け取る年金のうち、どの部分が対象になるのか、
- ②いくらの収入から減り始めるのか、
- ③減った分は将来戻ってくるのか、それとも戻らないのか。
この3つが分かれば、「働くと年金が減る」という漠然とした不安を、自分の状況に置き換えて判断できるようになります。次の章から、対象範囲の切り分けから順に見ていきます。
支給停止の対象になる年金・ならない年金を切り分ける
「働くと年金が減る」という言い方は、受け取っている年金のすべてが減るかのような誤解を生みやすい表現です。しかし日本年金機構の公式情報によると(2026年7月28日確認)、在職老齢年金の仕組みで支給停止(減額)の対象になるのは、老齢厚生年金のうち報酬比例部分だけです。老齢基礎年金と経過的加算は、この制度の対象に含まれていません。
具体的には次のとおりです。
| 年金の種類 | 在職老齢年金による支給停止 |
|---|---|
| 老齢厚生年金(報酬比例部分) | 対象になる。収入水準に応じて一部または全部が支給停止される |
| 老齢基礎年金 | 対象外。就労中でも満額どおり受け取れる |
| 経過的加算 | 対象外。老齢厚生年金の一部だが、支給停止の計算には含まれない |
この切り分けを知らないまま「働くと年金が減る」という話だけを聞くと、年金収入全体が目減りするような不安につながります。実際には、報酬比例部分以外は就労状況にかかわらず受け取れるため、まず自分が受け取る年金のうちどの部分が老齢厚生年金の報酬比例部分にあたるのかを確認することが、次に進むための出発点になります。次の章では、支給停止の判定に使う具体的な数字の作り方を見ていきます。
自分の「3つの数字」を作る―基本月額と総報酬月額相当額
日本年金機構の公式情報によると(2026年7月28日確認)、在職老齢年金の判定には3つの数字が必要です。そのうち2つは自分の年金額・報酬から自分で作る数字、残り1つはその年度に確認する基準額(次章で扱う支給停止調整額)です。まずは自分で作る2つの数字から見ていきます。
一つ目は「基本月額」です。これは、老齢厚生年金(報酬比例部分)の年額を12で割った金額を指します。
二つ目は「総報酬月額相当額」です。これは、その月の標準報酬月額に、直近1年間に受け取った標準賞与額の合計を12で割った金額を加えたものです。月給だけを見て判断すると数字を見誤ります。賞与を含めた年収ベースの月額換算が基準になる点が、この制度の分かりにくさの一因です。
| 数字 | 何をもとに作るか |
|---|---|
| 基本月額 | 老齢厚生年金(報酬比例部分)の年額 ÷ 12 |
| 総報酬月額相当額 | その月の標準報酬月額 + 直近1年間の標準賞与額の合計 ÷ 12 |
基本月額を作るには、まず自分が受け取る(または受け取る見込みの)老齢厚生年金の額を把握しておく必要があります。この確認方法は別記事「年金は結局いくらもらえるのか ─ ねんきん定期便の見方」で扱っているので、まだ自分の年金額を確認していない場合は先に確認しておくと、次章の判定式の話をスムーズに理解できます。
支給停止額はどう決まるのか―判定式とその年度の基準額
前章で作った基本月額と総報酬月額相当額という2つの数字に、3つ目の数字である「支給停止調整額」(基準額)を加えると、支給停止の有無と金額が決まります。
日本年金機構の公式情報によると(2026年7月28日確認)、判定式は次のとおりです。基本月額と総報酬月額相当額の合計が基準額以下であれば、支給停止は発生せず、老齢厚生年金は全額支給されます。合計が基準額を超えた場合は、超えた金額の2分の1にあたる金額が、老齢厚生年金(報酬比例部分)から支給停止されます。
支給停止額の上限と基準額の年度改定
支給停止される金額には上限があり、老齢厚生年金(報酬比例部分)の月額、つまり基本月額が上限です。総報酬月額相当額が基準額に基本月額を加えた金額以上になると、報酬比例部分は全額が支給停止されます。逆に言えば、報酬水準がどれだけ高くなっても、支給停止されるのは報酬比例部分までで、老齢基礎年金や経過的加算が支給停止の対象になることはありません。
ここで注意したいのが、基準額は毎年度、賃金の動向に応じて改定される点です。さらに近年は制度改正による引き上げも重なっています。日本年金機構の公表情報によると(2026年7月28日確認)、支給停止調整額は令和7年度の51万円から、令和8年度は65万円に引き上げられました。
「28万円」「47万円」といった数字は、これより前の年度・制度にもとづくものであり、令和8年度時点の判断には使えません。自分の数字を基準額と比べる際は、必ずその時点の最新の基準額を確認してください。
| 年度 | 支給停止調整額(基準額) |
|---|---|
| 令和7年度 | 51万円 |
| 令和8年度 | 65万円 |
次の章では、この支給停止という「減る面」だけでなく、働き続けることで年金額が増える「在職定時改定」という仕組みを見ていきます。
減るだけではない―在職定時改定で年金が増える仕組み
ここまで見た在職老齢年金は、働きながら受け取る年金の「減る面」でした。ただし60歳以降も厚生年金に加入して働き続けると、その分が年金額に反映されて「増える面」もあります。これが在職定時改定という仕組みです。
日本年金機構によると(2026年7月28日確認)、対象は在職中の65歳以上70歳未満の老齢厚生年金受給者です。毎年9月1日を基準日とし、その時点で厚生年金保険の被保険者であれば、前年9月から当年8月までの加入期間分が年金額に上乗せされ、その年の10月分の年金から反映されます。
65歳に到達した時点や退職時にまとめて計算し直すのではなく、在職中であっても1年ごとに年金額が見直され、支払いへ反映される点がこの仕組みの特徴です。
つまり、支給停止によって一部の月が止まっていても、その間に納めた厚生年金保険料は翌年以降の10月分から年金額に積み上がっていきます。「働くと年金が減る」という面だけでなく、「働き続けた分は毎年年金額に反映される」という面も、60歳以降の働き方を考えるときにはあわせて確認しておきたいところです。
なお、この改定の対象になるのは65歳以降であり、60代前半はこの章の対象には含まれません。
減額を避けて働き方を変えるべきか―繰下げ・高年齢雇用継続給付との関係
繰下げとの関係でよく誤解されるのが、「支給停止された分もまとめて繰下げれば増える」という考え方です。日本年金機構の公式情報によると(2026年7月28日確認)、繰下げ待機中に在職老齢年金の仕組みで支給停止された部分は、繰下げによる増額の対象になりません。増額の対象になるのは、支給停止されずに済んだ部分だけです。
つまり、報酬が高く支給停止額が大きい状態のまま受給開始を先延ばしにしても、止まっていた分がまるごと増額に変わるわけではありません。この点を知らずに「働きながら繰下げれば得」と考えると、見込みと実際の受給額がずれます。
繰下げ自体の損益分岐点は別記事「年金の繰下げ受給は得か損か」で扱っているので、繰下げを検討する場合はあわせて確認しておくと判断しやすくなります。
高年齢雇用継続給付・加入年齢との関係
もう一つ関わってくるのが高年齢雇用継続給付です。厚生労働省・ハローワークの公式情報によると(2026年7月28日確認)、60歳到達時点の賃金より低下した状態で働く60歳以上65歳未満の人を対象に、賃金の一定割合を支給する制度で、給付率は制度改正の対象になっています。
この給付を受けながら60代前半の老齢厚生年金を受け取っている場合、在職老齢年金による通常の支給停止に加えて、標準報酬月額に応じた老齢厚生年金の追加の支給停止が行われる仕組みになっています。つまり、在職老齢年金の判定式だけを見て支給停止額を計算すると、高年齢雇用継続給付を受給している期間の実際の停止額を見誤ることがあります。
追加調整の具体的な割合は制度改正で見直しが続いているため、実際に受給する時点で最新の内容を確認してください。在職老齢年金による支給停止と高年齢雇用継続給付を同時に受けている場合は、どちらか一方だけでなく、両方を合わせた手取りベースで働き方を比較する必要があります。
さらに、厚生年金への加入(保険料負担)には年齢の上限があります。日本年金機構の公式情報によると(2026年7月28日確認)、厚生年金の加入は原則70歳までとされており、70歳に達すると被保険者資格を喪失します。給与水準・繰下げ・高年齢雇用継続給付・加入年齢の上限という複数の軸を同時に見たうえで、どこまで報酬を維持し、いつ受給を始めるかを考える材料にしてください。
50代のうちに済ませておきたい、総仕上げの3ステップ
ここまでの仕組みを踏まえると、50代のうちに済ませておきたい総仕上げは大きく3ステップに整理できます。
- 一つ目は、自分の見込み年金額です。基本月額を作るには、老齢厚生年金(報酬比例部分)の年額を把握している必要があります。ねんきん定期便などで見込み額を確認する方法は前章までに触れたとおりで、まだ確認していない場合はここが出発点になります。
- 二つ目は、再雇用後に想定される報酬水準です。総報酬月額相当額は月給だけでなく賞与も含めた月額換算で決まるため、役職定年や再雇用の条件提示を受けた時点で、賞与を含めた年収ベースの数字に置き換えて確認しておく必要があります。基本月額と合計した金額が、その年度の基準額を超えるかどうかで、支給停止の有無が変わります。
- 三つ目は、受給開始年齢の方針です。支給停止される可能性がある期間に受給を始めるのか、繰下げて報酬に集中するのかによって、手取りの組み立て方が変わります。繰下げを選ぶ場合、支給停止に相当する部分は増額の対象にならない点は前章で確認したとおりです。
年金以外の判断材料もあわせて確認する
この3つは、年金だけで完結する話ではありません。退職金をいつ受け取るかによっても、その年の総報酬月額相当額や課税関係は変わってきます。退職金の受け取り方は別記事「退職金は一時金と年金、どちらで受け取るべきか」で扱っているので、あわせて確認しておくと、年金・退職金・働き方を切り離さずに考えられます。
また、公的年金等の課税関係は国税庁が公開しており(2026年7月28日確認)、公的年金等に係る所得は雑所得として課税の対象になります。手取りベースで働き方を比較する際は、支給停止後の年金額だけでなく、課税後の金額で見る視点も必要です。
老後資金全体の設計は別記事「老後資金が不安な50代へ ─ 漠然とした不安を『5つの費目』に分解する」で扱っているので、こちらもあわせて確認しておくと、収入側と支出側の両方から老後の全体像を描けます。
まとめ
ここまで、在職老齢年金の仕組みを確認しました。支給停止の対象になるのは老齢厚生年金の報酬比例部分だけで、老齢基礎年金や経過的加算は対象外です。判定に使う3つの数字は、基本月額(老齢厚生年金の年額÷12)、総報酬月額相当額(標準報酬月額+直近1年の賞与の月割り)、そしてその年度の支給停止調整額(基準額)です。
基本月額と総報酬月額相当額の合計を支給停止調整額と比較し、超えた分の2分の1が支給停止される一方、65歳以降は在職定時改定によって、働き続けた分が毎年10月分の年金額に積み上がっていきます。減る面と増える面の両方があることが、この制度を理解するうえでの出発点です。
また、支給停止された部分は繰下げによる増額の対象にならないという点も、受給開始時期を考えるうえで見落とされやすいところです。基準額は年度改定や制度改正で動くため、自分が確認した数字がいつ時点のものかを常に意識しておく必要があります。
こうして仕組みや数字を理解しても、自分の見込み年金額・再雇用後の報酬・退職金の受取時期・繰下げの方針をどう組み合わせるかは、制度知識だけでは一つの答えに絞り込みにくい部分です。複数の選択肢を並べて自分の状況に当てはめて考えたい場合は、「50代のお金の相談先はどこがいい?」で、相談先の種類ごとの特徴を整理していますので、あわせて確認してみてください。
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