この記事の要点
- 当面使う額と当分使わない額を先に分ける
- 振込直後に運用を即決しない
- 「何を聞くか」を決めてから相談に行く
退職金の金額が2000万円前後になりそうだと分かってくると、あるいは実際に口座に振り込まれると、「一度、銀行に相談したほうがいいのだろうか」と考える方は多いと思います。まとまったお金を前に、何もしないでいるのも落ち着かない。そういう気持ちは自然なものです。
先にお伝えしておくと、この記事は「銀行に相談するな」という話ではありません。銀行は身近で、退職金が振り込まれる口座もそこにあります。相談先として除外する理由はありません。お伝えしたいのは、もう一段手前のことです。同じ相談でも、行く前に自分の側で整理ができているかどうかで、受け取る結果が変わります。この記事で扱うのは、その「行く前に整えておく順序」です。
特定の金融機関やサービスを勧めることはしません。運用商品の良し悪しにも踏み込みません。2000万円というまとまった額を前に、まず自分で何を決めておくと判断が楽になるのか。その物差しをお渡しするのが目的です。
なお、この記事は定年退職を前提にしています。会社から早期退職を打診された・検討している場合は、収入が止まる時期が早まる分、確認すべき点が異なります。その場合は早期退職を打診されたとき、まず整理すべきお金のことを先にご覧ください。
先に結論 ─ 銀行に行く前にやることは3つ
細かい話に入る前に、結論を先に置きます。退職金2000万円を銀行に相談する前に、最低限やっておきたいのは次の3つです。
1つ目は、当面使う額と、当分使わない額を分けること。 全額をひとまとめのまま相談に持ち込まないことです。生活防衛資金と、数年内に使う予定のあるお金を先に別枠に取り分けます。
2つ目は、急いで運用を決めないこと。 振り込まれた直後に、その場で運用を決める必要はありません。判断のための時間を、自分で確保しておきます。
3つ目は、「何を聞くか」を決めてから行くこと。 提案を受け身で聞くのではなく、質問を持って行きます。
この3つができているだけで、相談の場での立ち位置がまったく変わります。以下では、なぜこの順序が効くのかを、銀行窓口の仕組みと合わせて説明していきます。
なぜ銀行窓口の提案は「運用寄りになりやすい」のか
「銀行に相談すると運用商品を勧められる」という話を、見聞きしたことがある方もいると思います。これは、銀行に悪意があるという話ではありません。収益の仕組みを見ると、自然にそうなりやすい、という構造の話です。
銀行の収益は、預金や融資だけで成り立っているわけではありません。投資信託やファンドラップ、保険といった金融商品を窓口で扱い、その販売にともなう手数料も、収益源のひとつになっています。これは一般的に知られている仕組みで、どの銀行も同じというわけではありませんが、傾向としてはあります。
収益の出どころが商品の販売にもある以上、まとまったお金の相談を持ち込めば、提案の中心が「預けて運用する」方向に寄りやすくなります。これは担当者個人の姿勢の問題というより、業態の構造がそのまま提案の中身に表れる、と考えたほうが正確です。得意な領域に沿った提案が出てくる、というだけのことです。
だからこそ、大事なのは「銀行を避けること」ではありません。銀行の提案が運用寄りになりやすいという構造を、あらかじめ知っておくことです。目先の「何かしないと不安だ」という気持ちのまま窓口に座ると、その不安を埋めてくれる提案に、そのまま乗ってしまいやすくなります。不安に飛びつく前に、まず構造を見る。この一手間が、後の判断を左右します。
避けるべきは銀行ではない
なお、投資信託や変額保険といった商品は、運用がうまくいけば増える可能性がある一方で、手数料がかかり、元本が保証されているわけではありません。良い悪いではなく、そういう性質のものだという前提を押さえたうえで、次の「自分で整理する順序」に進みます。
相談に行く前に、自分で整理する5つ
ここからが本題です。先ほどの3つは、最低限これだけはという要点でした。それを含めて、もう一段丁寧に整理すると、次の5つになります。銀行に限らず、どこかに相談する前に、自分の側で整えておきたい順序です。順番にも意味があります。
① 当面使う額と、当分使わない額を分ける
最初にやるのは、2000万円をひとまとめで見るのをやめることです。まず、生活防衛資金として動かさないお金と、数年以内に使う予定のあるお金を、先に別枠に取り分けます。
退職金は、これから始まる長い生活を支える原資です。働いて毎月お金が入ってくる状態が止まった後の、貴重な元手でもあります。だからこそ、増やすことを考える前に、まず「減らさないための枠」を確保しておく。ここを飛ばして全額を運用の対象として持ち込むと、本来動かしてはいけないお金まで、提案の土俵に乗ってしまいます。
数年内に使う予定というのは、たとえば住宅の修繕、車の買い替え、子どもの学費の残り、親の介護に備える分などです。使う時期が近いお金は、そもそも運用に回す前提のお金ではありません。ここを分けておくだけで、「運用に回してよいのはこの範囲」という上限が自分の中に立ちます。
② 退職金以外まで含めた、全体像を先に描く
次に、2000万円という数字だけを取り出して考えるのをやめます。退職金は、あなたのお金の一部にすぎません。判断のもとになるのは、退職金だけでなく、預貯金、年金の見込み、退職後に見込める収入まで含めた全体像のほうです。
考える順序としては、ゴールの側から逆算するのが向いています。これから先の生活で、毎月どれくらいのお金が必要か。そのうち、年金でどれくらい賄えるのか。足りない分を、退職金やその他の資産でどう埋めていくのか。この全体像があると、「2000万円をどう扱うか」という問いが、「毎月の不足をどう埋めるか」という具体的な問いに変わります。
退職金だけを取り出して「増やすか、置いておくか」で考えると、答えが出ません。全体像の中に置いて初めて、この2000万円が担うべき役割が見えてきます。取り崩しのペースや年金との兼ね合いをより具体的に出す手順は、別の記事(退職金を受け取る前に相談しておきたい5つのこと)で扱っていますので、あわせて参考にしてください。
全体像の中で役割を見る
③ 急いで運用しない ─ 判断の時間を確保する
3つ目は、時間の話です。退職金が振り込まれた直後に、その場で運用を決める必要はありません。むしろ、振込直後の即決は避けたほうがよい場面が多いと考えています。
まとまったお金が口座に入ると、「早く動かさないと、もったいない」という気持ちが働きやすくなります。ですが、20年、30年と続く生活に関わる判断を、数日や数週間で決める理由は、実はそれほどありません。急がせる提案ほど、一度持ち帰る。この距離の取り方が、後悔を避ける助けになります。
お金の判断は、数字だけの問題ではありません。夜、眠れるかどうかにも関わります。慌てて決めた運用は、少し値が下がっただけで気になって、平常心を失いやすくなります。逆に、時間をかけて自分で納得してから決めたものは、多少の上下があっても持ち続けやすい。急がないというのは、消極的な態度ではなく、続けられる判断をするための積極的な準備です。
④ 自分のリスク許容度を、言葉にしておく
4つ目は、自分がどこまでの値動きに耐えられるかを、あらかじめ言葉にしておくことです。「いくらまで下がったら、夜眠れなくなるか」。この一線を、相談に行く前に自分の中で決めておきます。
ここで測るのは、期待できるリターンの大きさではありません。どれだけ増えそうかではなく、どれだけ減っても続けられるか、のほうです。同じ商品でも、耐えられる人には向いていて、気になって仕方がない人には向いていません。これは知識の量ではなく、その人の性格や生活の状況で決まる部分が大きいものです。
自分の許容度を言葉にしておくと、提案を受けたときの物差しになります。「これは自分の耐えられる範囲を超えている」と、その場で判断できるようになります。数字の上での有利さだけで選ぶと、後から落ち着かない日々を過ごすことになりかねません。
⑤ 「何を聞くか」を決めてから相談に行く
最後に、相談に行くときの姿勢です。提案を受け身で聞くのではなく、こちらから聞きたいことを持って行きます。
①から④まで整理してあれば、聞くべきことは自然と決まってきます。たとえば、「運用に回してよいと考えている範囲は、このくらいだと思っている」「毎月の不足はこのくらいで、それをどう埋めるか一緒に考えてほしい」「大きく減る可能性のある商品は、自分には向いていないと思っている」。
こうした前提を先に伝えると、相談の中身が、向こうの提案を聞く時間から、自分の設計を一緒に詰める時間に変わります。
質問を持たずに座ると、その場は相手の提案で埋まります。質問を持って座ると、その場は自分の課題を軸に進みます。同じ時間でも、持ち帰るものがまるで違ってきます。
整理してから、どこに相談するか
ここまでの5つが整理できると、次に「では、どこに相談するか」という段階になります。ここで一つ、押さえておきたいことがあります。相談先は、銀行だけではありません。
退職金の判断には、運用だけでなく、税金、保険、住宅ローン、生活設計といった複数のテーマが絡みます。それぞれに得意な相手が違います。銀行、証券会社、保険会社、そして家計全体を横断して整理してくれる相手。
どこか一つに丸ごと任せるより、自分で整理した物差しを持って、複数を見比べたほうが、相性の当たりを付けやすくなります。なお、これは銀行だけの話ではありません。証券会社にも保険の窓口にも、それぞれ得意な分野や扱う商品に沿った提案の傾向はあります(相談先ごとの傾向の比較は別の記事で扱っています)。
だからこそ、どこか一つを避ける・選ぶという発想ではなく、自分の物差しを持って複数を見比べる姿勢が効きます。
大事なのは、どの窓口を選ぶかより、どんな状態で座るかです。整理した物差しを持って行けば、銀行の提案も冷静に受け止められます。避けるべきなのは、物差しのないまま、最初に座った窓口の提案でそのまま決めてしまうことのほうです。相談先ごとの得意・不得意を構造で整理した内容は、別の記事(退職金の相談はどこにすべきか)にまとめています。
選ぶ窓口より、座り方
なお、退職金の受け取り方によって税金の扱いが変わる点は、この記事では深入りしません。一時金で受け取るか年金形式で受け取るかで、税負担の計算の仕組みが変わります。この点は判断への影響が大きいので、退職金を受け取る前に相談しておきたい5つのことで別に整理しています。
まとめ ─ 増やす前に、まず減らさない設計から
退職金2000万円は、あなたが長く働いてきた時間の対価であり、労働という収入が止まった後の、生活を支える原資です。だからこそ、この記事では「どう増やすか」を先に置きませんでした。
順番として大事なのは、増やす前に、まず減らさない設計を作っておくことです。当面使う額と使わない額を分け、全体像の中で退職金の役割を決め、急がずに判断の時間を取り、自分の耐えられる範囲を言葉にし、聞くことを決めてから相談に行く。この5つが、まとまったお金の前で自分を見失わないための、地味ですが確かな順序です。
一番の失敗は、知識が足りないことではありません。焦って、整理する前に決めてしまうことです。焦らないこと自体が、最大の失敗回避になります。
自分の物差しが整ったら、相談先を具体的に比べる段階に進んでください。相談先の候補を条件ごとに並べて比較した内容は、こちらにまとめています。まずは、当面使う額と使わない額を分けるところから。今日、手元の通帳を開くところから始められます。
相談先を比べる段階へ
なお、この記事で扱ったのは「相談に行く前」の整理です。整理を終えたうえで「では、運用の相談先をどう選ぶか」という一段先の話は、退職金を受け取った後の運用相談はどこへで、相談先を手数料の出方で見る物差しとしてまとめています。
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